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アメリカの大学、大学院

2004年2月4日

 時折、メールでアメリカの大学についての問い合わせがあります。まあ私は学校には数だけは行っており、その体験を時折この欄に書いているからだと思いますが、今回はアメリカの大学について少し書いてみます。と言っても私が知っているのはニューヨーク、ニュージャージー、コネチカットの東部3州の自分が行った大学に限られますが・・・。

 ここ数週間日本で話題になっている事と言えば、鳥インフルエンザ、BSEによる肉の輸入禁止問題、古賀潤一郎衆議院議員の学歴詐称問題でしょうか。学歴詐称と言えば、数年前、元阪神タイガーズ監督の野村氏の夫人が「コロンビア大学に留学していた」と経歴を偽り話題になった事がありました。コロンビアは現在私が通っている大学ですので、卒業していれば卒業生名簿を調べればすぐ分ります。そうではなくただ1学期、単位を取っただけだとしてもちゃんと出席し、期末にも落ちていなければ記録として残っています。が、ただ講義を傍聴しただけだと記録はありません。毎年何千人もの学生が出入りするからです。要は正式にその学校の授業を取っていれば記録に残る。あとは英語学校在籍の場合ですが、この場合はちょっと分りません。

 因みに英語学校は不思議な?存在で、半分或いは完全に独立していると考えた方が良いシステムです。コロンビア大学にもニューヨーク大学にも英語学校がありますが、そこに行って学んでも、コロンビア大学、ニューヨーク大学に行ったことにはなりません。英語学校の単位は大学の正式な教科に数えられないからです。勿論、例外的に単位として認めることもありますので、全く無いとは言いませんが。大学が経営している英語学校は日本の学校制度には当てはまらないと思いますが、簡単に考えると、外国人の為に大学が予備校を作っているという感じでしょうか。予備校はあくまで予備校。大学という経歴は付きません。しかしそこで頑張って英語力を身につければ大学や大学院に入れる可能性が高くなります。

 もし今現在、留学を考えている方がこのコラムをご覧になったら英語学校は大学ではないこと、留学というカテゴリーに当てはまらなくなりつつあるということを確り肝に銘じて下さい。英語学校に入るのなら目標としている学校に行くように努力して下さい。私はこれまで英語学校に来て、初めのうちは勉強していたけど、次第にアルバイトや他の事に目が移り、学業を放棄して遊び、英語もあまりできずに暮らしている人や、そのまま日本に帰ってしまう人を幾人も見てきました。ですから英語学校に行くのなら余程意志が強くない限り、都会とか遊びの多い地域はお勧めしません。

 良くある誤解に「アメリカでは誰でも大学に入れる。」「入るのは簡単で、出るのは難しい。」というのがあります。まず、「誰でも入れる」ですが、これは「学校を選ばなければ」という条件が付きます。アメリカの学校にもピンからキリまであります。名門と呼ばれる学校から、コミュニティー・カレッジという地方の郡で経営している大学まで様々です。コミュニティー・カレッジはそれこそ、その地域の住人なら誰でも入れます。学力が無く、ある程度の学校に入れなかった学生、お金が無くフルタイムで学校に行けない人、高卒で社会人になったが大学に行って学びたい人など様々な人がいます。ここはほとんど無試験に近い状態で入れます。地域の学校ですので留学生を受け入れる制度があるところと無いところがあるようです。でも本当に学ぶ積もりならコミュニティー・カレッジは大いに学べる場です。要は自分次第。

 一方、その他の大学は私立であっても州立であっても、日本のような直接大学に行ってテストを受けるような入学試験こそありませんが、日本の共通試験(失礼、正しい名称を知りません)に相当するテストが大学入試だとSAT、大学院だとGREというものがあり、それの点数次第で受けられる学校が限られてしまいます。例えばハーバードやエールだとSAT、英語と数学の合計が1300点以上、TOEFLだったら250点以上(昔の600点)以上が最低ラインで、それ以下だとまず受からない。ですから多くの受験生がその時点でそれらの学校に申請するのを断念して、それよりもランクが低い学校を受験します。テストの点数以外に学校の成績、先生や知人の推薦状、社会奉仕、学校以外での活動、特技など、様々な物の提出が要求されます。最近、日本の大学も色々変わってきたようですが、この多角的に学生の資質を見ると言う点では、まだまだアメリカの大学に及ばないような気がします。学力プラス諸々が考慮されますので、自分の希望する大学に入るのはかなり難しいと言えます。勿論、それでも受けたければ受けるのは自由です。つまり「入るのは簡単」というのは「有名校でなければ」ということです。

 さて入れても、「出るのは難しい」というのは、そうだと思います。勿論、学校が学生に要求する理解度、知識、質などが違いますので、難しい学校になればなるほど卒業するのは大変です。試験や論文に追われます。それと今まで行った学校の中では何百人もいるような講義は一度も体験していないので、そのような大きな授業だとどうか分りませんが、通常、授業は厳しく出席を取ります。理由無く3回休めば、そのコースは落第します。病気や何らかの理由で休む場合はちゃんと教授かアシスタントに連絡をします。勿論、代返などは効きません。まあ、これも大学の要求度によりますので、全部が全部とは言いませんが、やはり出席してこその講義でしょう。授業料も高いし休むのはもったいない(笑)。

 卒業資格としては短大に当たるコミュニテー・カレッジのAssociate(准学士)で60単位ちょっと、4年制のBachelor(学士)が125~130単位。大学院は専門的な勉強の場ですので、何を専攻するかによってMaster(修士)の単位も違います。図書館学だと30単位、教育だと30~45、法科だと60~70、神学校だと普通の修士は60単位で牧師になる為の修士だと75~80単位が必要とされます。まあこの上にDoctor(博士)がありますが、修士より更に15~30単位多く修得しなければなりません。今、私は教育学博士課程にいますが、どれほど長い道のりかお分かりいただけるかと思います。

 卒業する前、大学でも大学院でも卒業単位に足りているかどうかの確認と、卒論或いは資格試験に相当するものが要求されます(大学の専攻学部によって、また一部大学院では卒論を免除される学校もあるのでこれもケースバイケース)。そして晴れて卒業すれば、卒業証書を貰いますし、卒業生名簿にも自動的に登録されます。一度卒業すれば、一年中いつでも卒業証明、在籍証明、成績証明などを申請すれば発行してもらえます。またよく母校から卒業生に寄付金のお願いが来ます。私立は特に多い。私はまだ母校には1、2度しか寄付をした事がありません。全部にしていたら破算してしまいます。

 こうして見ると古賀衆議院議員のように19単位も足りないような状況での卒業はまずありえません。明らかに彼はそのことをちゃんと理解していなかった、つまり卒業をちゃんとしていなかった。卒業のような大事なことを理解していないということは、遊学して全てを弁護士や他者に任せきりだったか、余程迂闊だったかのどちらかでしょうか。或いは卒業できていないのを承知の上で「日本人はアメリカの学校制度など知らないから、まあいいか。」位の軽い気持ちでいたのでしょうか。いずれにしても余りにもお粗末な発言、行動で議員の辞職勧告が取りざたされてもしかたないかもしれません。ある自民党代議士が「{在籍}にしておけば良かったのに」と言っていましたが、正に同感です。議員は学歴よりも実績、人柄が勝負なのですから。

 私は日本の一発勝負的な受験、受験競争が嫌で中学から受験に対して懐疑的になり、それもあってアメリカに来ました。一ついえるのはアメリカの大学の方が、より色々な角度から受験生を見てくれるということです。何か得意なものがあればそれを見てくれます。20数年前、F.I.Tというニューヨーク州立大(ファッション・デザイン系の美大)の二年制一般美術学部に入学した時のことですが、受験の折、全ての書類を出し終えた後、面接に臨みました。面接は簡単なスケッチと教授との質疑応答でした。翌日、大学から「合格です。すぐに入学手続きを取ってください。」と電話がありました。何でも私と話た教授が私の作品を気に入ってくれたとのこと。日本では芸大を二度受験しましたが、教授と話す機会とて全くありませんでした。結果、不合格。アメリカではその後行った学校でも、面接の折など、いつも丁寧な対応を受けました。勿論、これは面接担当官レベルであって、事務局では結構いい加減な対応もありましたので、人や部署によるのだと思いますので、念のため。

 日本は今受験真っ只中だと思います。どの学校に行くにしても悔いが残らないよう確りやって欲しいものです。また、学校によって人生が決まるわけでもないので、あまり有名校云々にとらわれる必要はないと思います。自分が何を本当にしたいのかを見つけて下さい。

またまた俗っぽい話題ですが…

2004年1月15日

 TV-Japan(NHK)の「にんげんドキュメント」で連敗を続ける競走馬ハルウララの特集をやった。高知競馬で101回出場(2004年1月現在)していまだ勝った(1位とか2位になった)ことが無い馬が何故か人気を集めていると言う。にんげんドキュメントのはずだが馬が主役。勿論、馬だけではノンフィクションにならないので、その飼い主やその馬のレースに励まされたという人々が登場して、彼らの身の上を語っていた。闘病生活をする女性、いきなり転勤命令が下り単身赴任した男性をはじめ多くの人が、負けても負けてもひたむきに走るハルウララの姿に自分を重ね合わせて見ては、エールを送っていた。

 また大相撲では高見盛という関取が昨年から人気ナンバーワンになっているらしい。彼のこれまでの最高位は小結で、まだ関脇にはなっていないと思うが、彼の土俵入りの際の、気合を入れる様、大きな力士が多い中、決して大柄とはいえないが頑張って、勝つと満面の笑みで喜び、負けるとシュンとするその素直なというか、真面目な相撲が人気の理由らしい。高見盛は元学生横綱であり、アマチュア横綱だったので、これから出世して大関、横綱になる可能性もあるのでハルウララと並べては失礼かもしれないが、この二人(一人と一頭)の人気、それにあえて加えるならスマップの「世界に一つの花」は世相を反映しているような気がする。世界に・・・とハルウララ、高見盛が共有する物は、たとえ一番でなくてもたった一つであることが大切、ということ。

 かつて多くの日本人はアメリカに追いつけ追い越せとばかりに、競争社会の中で良い学校に入り良い会社に入ることを目指した。競争で負けないで一番になることを良しとし、人生を競争社会の理念=勝ち負けで見ていた。一方、落ちこぼれ(懐かしい言葉である)や落伍者、或いは窓際族などという言葉で一位や上位に入れない人たちをレッテル付けし見下していた。

 それがバブルがはじけ、実体の無かった経済が破綻し、絶対的な保障や安定など無いと気付き、価値観の見直しが少しずつ始まり、ようやく色々な見方、負け続けても価値がある、つまり人の価値、馬の価値?、物の価値はエリートだけのものではないということに気付いた。

 故遠藤周作の作品には、この落ちこぼれ的存在が主人公、或いは貴重な脇役として描かれている。彼はキリスト教の救いをテーマにし作品を描く中で、強い信仰者で迫害を受けても屈せず殉教していった人々の傍ら、迫害、死の恐怖に背教してしまったが、それでも神を信じたいと、どこかで願うがそれすら表明できない存在を描いている。実は歴史の中ではそのような存在の方が大多数であり、そのような人々によってキリスト教は守られてきた面がある。

 皆が人間的な或いは俗的な意味で特別な存在なのではない。ごく普通の人が大多数である。しかし神の目には一人一人が尊い。たとえエリートでなくても、試合に負け続けていても、その人はその人であるだけで尊い。イエスは2000年前のイスラエルで人々から見放された罪人、汚れていると厭われた病人、異邦人などを一人の尊い人として見て、彼らに救いを与えた。

 ハルウララや高見盛を応援する人、あるいは「世界に・・・」を聴いている人を見ていると、今の時代、もっともっと多くの人が、本当の意味で自分に自信を持ち(妙なプライドを持って威張るという意味ではない)、自分を愛することができるようなれるのではないかと思う。更に自分を愛するということは、実存主義哲学者ボーボワール流に言えば独りよがりではなく、皆が自分と同じように「自分自身を愛しているのだ」と悟ることであり、それ故他者を自分と同じように大切にするということである。

 「たとえ目立たない存在でも神の目には尊い。」と思えれば何と幸せであろう。

NHKのクローズアップ現代「大江健三郎」を見て

2004年1月13日

 お恥ずかしい限りですが、私はこれまで大江健三郎の本を読んだことがありません。ただ彼の子供が脳に障害を持って生まれ、子供を育てていく中で彼が背負った苦悩と、一方ではそれ故に多く受けた恵み、喜びが作家としての彼を育てたということは聞いておりました。

 ここアメリカに住む日本人、日系人を対象としたテレビ局にTV-Japanという局があり、主にNHKの番組を流しており、クローズアップ現代、視点論点、プロジェクトX、にんげんドキュメントなど等面白い番組を沢山放送しています。今日のクローズアップ現代は作家、大江健三郎氏のインタビューでした。彼が過去3年間に書いた若者向けの本3冊、中でも「新しい人」という本を取り上げ、その中に込められた大江氏の思い、次世代、世界を担う若者達に「新しい人」になって欲しいと訴えていました。「大江氏がクリスチャンである」、或いは「キリスト教の影響を受けている」といつだったか聞いたことがありますが、確かにクリスチャン的な発想というより、本来人であれば誰でもそう思うであろうという発言ををしていました。その発言とは「人は誰でも新しい人になりうる」ということ。大江氏は「人は基本的に変わらない」としながらも「生まれた時は誰でも新しい、しかし大人になっていく過程で、古いものを押し付けられたり、それが当たり前だと思わされていく」とし、だから「それを当たり前だと思わない(発想)」ということが大切であると語っていました。

 また世界が争う中、「世界平和と大きなことを言っているが、基本は身近な人との関係である。自分の身近な人と諍いがあった時、そんな身近な人との問題さえ解決して和解できないでいるならどうして世界平和などと言えるだろう?」という彼の発言には同感でした。人間は遠くの出来事、歴史或いは過去の出来事には寛大になれますが、自分の隣人には寛大になれない、といことがよくあります。自分の隣人=夫、妻(分かれた夫、妻も含む)、子供、親、友人・・・と和解できないのに、どうしてよその国の為或いは人種の為に謝罪したり、和解を訴えたりできるでしょう?

 私は常々「大義名分なんていらない。大上段に構えた{エエカッコしい}なんていらない。」と思っています。まずは自分のエゴや見栄を捨てて身近な人と和解する。それができてこそ国と国、人種と人種の和解ができる。新しい人とはそういったコモンセンスがある人なのでは、と今日の番組を見て思いました。

 これから大江健三郎氏の本を読んでみようと思っています。

自衛隊派遣は政府のメンツ

2003年12月11日

 とうとう日本政府が多くの国民の「反対」或いは「十分な説明を聞いてから」という思いを押し切ってイラクに自衛隊派遣を決めた。これはまあ当然の決定だと思う。その是非を問えば、憲法第九条の「非戦、平和維持の理念」から非になるが、日本は元々アメリカがイラクを攻めた時にも国際世論を無視して、単に政治的配慮と経済的協力関係からアメリカ支持の立場を取ったのだから、後始末にも協力するのは自明の理。国民や野党が何を言おうと国際関係(単にアメリカが怖い)だから仕方ない。

 この国際関係をだけを見ると、確かに自衛隊を送らずお金だけの援助をしてもアメリカやイギリスにはアッピールしないだろう。元々、正義のないアメリカの戦争を支持した時点で非戦ではなく参戦になる。例え兵士をイラクに送らなくても。それをあくまで「戦争には参加していない」、「非戦の理念に背いていない」というのは全く愚かな言い分。日本の外から見れば、日本もアメリカを支持しているのだから、アメリカの同盟国。だから日本もテロの標的にする、という考え方の方が自然だ。

 自衛隊があくまで救援活動に徹し善行をし続けたとして、すぐにイラクの市民に理解されるかは疑問だし、よくよく考えると、何だか妙な話だ。以前、うちの教会員だった方が、「アメリカは不可思議な国だ。戦争でよその国を破壊しては、その後、莫大なお金を出してその国の建て直しを援助する。だったら何故、破壊する?」と言っていたが、破壊するのも立て直すのもアメリカの都合、アメリカの儲けの為。日本もその片棒を担いでいる。一時的に莫大な金が掛かり、財政赤字になってもアメリカ帝国主義は世界制覇をもくろむ。

 しかし過去に中国の始皇帝、マケドニアのアレキサンダー大王、ローマ帝国などなどが皆滅びたように、アメリカもこのままでは滅びの道を歩む事になるような気がしてならない。日本もその道連れになる・・・

 このように混沌として不安に満ち、治安、情勢が乱れている時代にクリスチャンとしてどうあるべきか、人としてどう歩むべきか、問われているように思えてならない。

デ・ボワールとギリガンから

2003年11月20日

 最近、宗教哲学の時間に実存主義のデ・ボワールのThe Ethics of Ambiguity(「曖昧さの倫理」とでも訳すのでしょうか?)を読み、彼女(とサルトル)が実践的にはかなりマルクス主義に影響を受けていたことを知りました。その本の中に抑圧され自由を奪われている人間で、しかもその事実すら認識していない人々を奴隷制に生まれ育った奴隷達で、自分が奴隷であることに何も疑問を持たない人たちと同じという形容の仕方があり、中々良い譬えだと思いました。

 奴隷制度の中に生まれ、白人の主人達に、それが当たり前のように教えられ、義務感を植え込まれた奴隷達は自分の主人に仕えるのが当たり前、それが彼らの生き方、運命だと捉えて、変えようなどとは全く思わなかった。更に同じ奴隷達の中で、いかに良く働き御主人に気に入られているかを誇り、奴隷同士で「彼は道徳的な人」「彼はいい加減な男だ」「彼女は確り者で淑女だ」「彼女は役立たずだ」云々と自分達の倫理観さえ持っていた例を挙げ、自分が真に不自由であること、誤った為政者の社会で自分の権利が奪われていることが分かっていない人間はデ・ボワールは正にこの奴隷達と同じだと言っています。

 その翌週にキャロル・ギリガンというハーバードの教授で女性解放の主張に心理学を取り入れた方の本、In a Different Voice(「一つの異なる声(立場)から」とでも訳すのでしょうか?)を読み、デ・ボワールの主張が更に腑に落ちました。ギリガンは男性と女性では精神的発達が幼児期から違うのだから、女性には女性の心理調査、結果、統計などを踏まえた上で女性の持っている問題を解決しなければならないと訴えています。

 中でも女性が命に関わる或いは人生に関わる選択をしなければならない時に、自分は男性と違う考え方をするという認識から始めなければならないと訴えています。その例としてギリガンは堕胎、夫婦関係などを挙げていますが、男性は合理的(経済的?)かつ身勝手に考えるが女性はそうはいかない。命に関わることだし、自分の生活に関わることだから容易には割り切れない。ところが多くの場合、女性は感情的、感覚的で、理性的に判断できないという批判にさらされ、「そんなことはない」と無理に男性と同じ選択をする。そこから女性の内面的苦しみ、虚無感が広がる。しかし、女性と男性は心理状態、発達が違い、それで当然と受け入れれば、もっと男性とは違う選択地もあるし、女性がより傷つかなくなる。まあこれが、私の感情移入もありますが、ギリガンの主張の一つです。

 ギリガンは女性は男性依存を止め、もっと自分を見直し、自分の物の考え、心理を自覚し、真の平等、権利、自由を求めるべきとしています。ギリガンの言うところの、自由を奪われた女性はデ・ボワールの奴隷達にも似ています。自分が男性と同等の権利を持っていない、いわば男性中心、力中心主義の社会にいるのに、それに甘んじて自分の権利を訴えようとしない。少しでも自由を求めようとすると男性の邪魔がはいるのに、多くの女性が男性に依存し、下手をすると「自分は守られている」と思い込んでいる。確かに籠の中の鳥は守られています、見方を変えれば。また今の社会は巧妙に社会的、集合的性差別を隠し、さも男女平等のように一見思えるので、女性達はそれに何も疑問を持たなくされている。

 それを証明するかのようにクラス・メートの一人(女性)が「私には女性が差別されているとは思えない。女性の解放って何?」とコメントをしていました。個人の魂の救済、罪の許しというキリスト教或いは宗教的な解放、自由になると話が複雑になりますので、私は単純な例として、男女間の給料差、地位の差で説明しました。同じ学歴、例えばコロンビアのティーチャーズ・カレッジで修士、教職資格を取った男性と女性が、同じニューヨークの公立の学校に就職したとします。その二人は全く能力も勤務時間も同じ。でも現在のところまだ賃金や保証に格差があります。これも多くある性差別の一つにすぎません。これでも女性は「平等に扱われている、権利を守られている、自由である」と言えるのでしょうか。これでは男性優位社会はいつまでも終わらないでしょう。喜ぶのは狡猾な男性だけ?でしょう。

 また教会の中にもこのような差別が確りあると思います。それをどう変えていくか、これは女性の問題であると同時に男性の問題でもあります。イエスが今現れたらどうおっしゃるでしょうか。

2000年以上変わらぬ人間

 つい一昨日、NHKのニュースを見ていて驚きました。熊本県のある温泉ホテルがハンセン病の元患者とその家族や療養所の人達が旅行を計画し、そのホテルに宿泊を予定していたが、ホテル側が宿泊を拒否したとのことでした。21世紀になった今でも、このような差別、人権無視が起こるのか!と憤りましたが、しばらく考えてみて、これは恐らく氷山の一角にすぎず、このような差別は実は多くの人々の中にいまだに蔓延(はびこ)っていると思いました。

 20世紀の半ばまでハンセン病がその肉体を徐々に崩壊させていく病状と多少はうつる可能性もある(実際にはほとんど無いが)ということから忌み嫌われ、患者は全ての権利、幸せを奪われ隔離されいました。20世紀後半、強力な薬ができ完治すると分かってからも、身体的な変形が患者さんに残ることから、差別偏見が人々、社会の中に根強く残ってしまい今回のような悲しく、かつ憤らざるを得ない事態が引き起こされたようです。

 これは上述の通り、残念ながら数ある差別偏見の一つで、たまたま表面化したため取り上げられたと私は思っています。実は、このような差別意識はほとんどの人間にある。ハンセン病患者、元患者はまだまだそのような差別社会に苦しんでいるのではと思うと胸が痛みます。

 聖書の時代(2000年以上前)からハンセン病の患者達は人扱いされませんでした。町や村から隔離され、洞穴や施設とは呼べない収容所に住まわされたり、物乞いになったりしました。出歩く必要がある時は、人々に「私は汚れている」と大声で叫んで、行きかう人達が彼らを避けるようにしなければならなかった。これは旧約聖書のレビ記、申命記などに書かれているモーセの立法(法律)です。彼らと関わるものは皆汚れると思われ、人々は近づきませんでした。どれほど辛かったか、想像に絶します。

 しかし、その社会的、人道的に差別され、人としての幸せを全て失った人々にイエスは希望を与えました。イエスは彼らの心の叫びを聞き、彼らを癒しました。更に「あなたは(罪を)赦された」と宣言することで、彼らを社会的にも受け入れられるようにしました。イエスは病気や不幸を神の罰と考えていた、勧善懲悪的な或いは因果応報的な古い宗教観さえ否定し、差別偏見に苦しむ人達に真の自由と希望を与えました。

 いまだに隠れた偏見に満ちた社会を変えることのできない私達現代人は人々の救いに尽くしたイエスにもっともっと見習うべきではないでしょうか。

神の恵に感謝

2003年10月2日

 前回、と言っても8月初旬にまとめて投稿して以来1ヶ月半以上経ってしまいましたが、書いた内容がある人には過激に、ある人には私が何か批判され傷ついているように思われ、心配されたり、激励されたりしましたので、今回はやんわりとパークリッジの教会(アメリカ人会衆)について書いてみたいと思います。サーキットの10月号と一部ダブりますがご了承下さい。

 パークリッヂ合同メソジスト教会は1909年9月12日に創立され今年で94周年を迎えました。16人でスタートしました。創設メンバーは熱心なメソジストで、当初近隣の町にあるメソジスト教会に行ってましたが、当時はバスや車とて無く、1日数本の電車に乗って日曜日の礼拝に行ってました。ですから1本電車をミスすると何時間も待たされ、礼拝に間に合わなかったり、帰りが遅くなったりしました。そういう時は子供づれで男性も女性も正装した格好で徒歩片道2時間以上かけて歩いて通っていました。今と違って舗装されていない馬車道、雨や雪の時はぐちゃぐちゃになり行けなくなります。そんな中で創設者の一人、ブリスコー婦人が「ああ、自分の町にメソジスト教会があったらどれほど素敵だろう!」と口癖のように呟いていました。その思い、祈りが神に届き、近隣の牧師と巡回伝道士(サーキット・ライダー)が集まって教会誕生に至りました。

 メソジスト教会は歴史の中で何度か合同し、名前がメソジスト・エピスコパル教会、北、南メソジスト教会(南北戦争時の分裂期)、第一メソジスト教会を経て合同メソジスト教会になりました。その間、確実に会員が増えて、第二次大戦後すぐの繁栄期=1950年代には礼拝2回持たれ、2回とも満席(礼拝堂は満席で120名ですから少なくとも200名以上集っていた)、教会学校も子供が100人以上になりました。その後、公民権運動、ベトナム戦争、女性解放自由運動などで、社会的意識が高まる反面、世俗化が進み宗教離れが増え、途中教会分裂も経験し現在会員100名弱、実質礼拝数40~50になってしまいました。

 しかし、それでも残った人達は、この町で生まれ、この町で育ち、大学や仕事で一時的にこの町を離れたものの、また戻ってきて教会に連なっている人達です。彼らはどこに行っても「自分はパークリッヂ合同メソジスト教会の会員です。」と誇りを持って言い切ります。これはメソジストに限らず、多くの教会で見られます。諸々の事情で他の町に移っても、彼らはまずメソジスト教会を探し、そこに行きます。無い場合は教理、雰囲気の近い教会を探します。それほど自分達がメソジストであること、そのアイデンティティーを大事にします。勿論、彼らはメソジストであるとうこと=クリスチャンであるといことをいつも忘れません。

 日本人のクリスチャンは全般的にどうも教会に連なるという意識が弱いような気がします。自分の好き嫌い、傾向や雰囲気で教会を選び、気に入らないと他教会へ行くみたいなところがありませんか?「自分の教会」意識が薄く、教会に属してそこから主の交わり、社会への奉仕、貢献をするというところになかなか至りません。何だか根無し草のようです。

 アメリカ人にも若い世代にはそういう傾向が見られます。どうも都市に多いようです。都市型の信者の場合、大多数が他の町や州から出てきた人が多く、その都市で生まれ育って、そこで根付いてということが無いから、上述のような自分の町の教会という意識が根付かないのかもしれません。

 その意味で、何十年も小さな郊外の町に生き、自分の教会を守り続けている人達の信仰は学ぶものがたくさんあります。

偏見

2003年8月1日

 偏見には人種差別、性差別、職業差別、学歴、生まれ、出身地等、様々なものがありますが、どれも個人が持って生まれてきたものではなく、後天的に社会、共同体の中で培われ植え込まれています。つまり人間は生まれながらに偏見を持っているわけではなく、その人の育った環境、社会の中でそれらを知ってか知らずか身に付けてしまうわけです。

 そもそも偏見とは?と考えますと、誰かにとって、その人(達)の利益を守ったり、エゴを満足させるに都合の良いものであり、その人達が大抵は世の支配者、為政者であるが為に、偏見を中間層にも浸透させ、弱者が犠牲になる、そういった構造を守るものと言えるのではないでしょうか。例えば白人がマジョリティーである社会では、白人の権利、優越性を固持(誇示)しようとする。その為、黒人やアジア人が差別される。これが奴隷制などとなるともっと非人道的でしたが、為政者、マジョリテイーにとっては偏見云々以前の問題にもならないことだったわけです。

 日本の部落問題も江戸までの武家社会、それ以前の貴族社会、天皇制の中で形成された力の構造の中で意図的に形成されてきた差別偏見が中間層にそのまま広められ定着してしまい、階級性に翻弄され考えることをしネくなった人々がそれを愚かにも続けているものです。これは故住井すゑ氏の「橋のない川」を読んでいただいた方が良く分かると思いますので、ここまでにしておきます。(同名の映画は短い時間で全てを描こうとしていて、気持ちは分かるのですがあまり良くありません。)

 そういった大きな社会構造的偏見ほどではなくても、偏見は人が属す小さな社会、例えば学校、会社、宗教団体等でも培われます。私は以前、何度か学歴の故にリベラルのレッテルを貼られたことがあります。お会いしてもいない方が私の教会員や知り合いに「あの人はDrew神学大学、Yale神学大学卒だからね。福音を伝えていないでしょう。」と言って、その教会員が動揺して「どうなんですか?」と尋ねてきたことがありました。まあ確かにこの牧師の雑記帳やサーキットを読まれれば保守福音派ではないといえばその通りですし、それをリベラルと言うのならそれもその通りです(苦笑)。しかし、キリスト教の中心である聖書の権威、教理を否定したことはありません。福音を語らない牧師は牧師ではないし、福音の無い教会など本来無いのです。福音とは神の人類救済であり、イエス・キリストの十字架による赦しと復活への希望ですから、それを語らないわけがない。十字架、復活、受胎告知、聖霊降臨、、、どれをも大切に思い説教しています。

 しかしそれにしても人のことを偏見を持って見、レッテル付けする人が多い。それは何故かといえば、自分達が正しいと思っているからであり、自分達の利益を守る為に他者に排他的に接しているからです。これぞ自己義認の罪と言わずして何と言いましょう。何だか明治の弁士みたいな言い回しになりましたが、本当に人を理解するのはその人と直接会い、話し、或いはその人の書いたものを読みなどして、関係を築かなければできないのではないかと思います。

 アメリカに来たばかりの頃の私は、勿論、それまで父の教会しか知らなかったこともあり、日本基督教団が日キと呼ばれていること、その意味合いが、福音派の方には「福音的でない。リベラル=悪い」というものであるということも知りませんでした。アメリカに来てそれまで出逢わなかった福音派の人達に出会い、私自身、逆差別、偏見を彼らの一部にではありますが、持つに至ってしまったことを悲しく思います。

 差別偏見というスクリーンで人を見るのではなく、誰とでも一人の人として出会い、その人の美徳を学んだり、欠点はお互いに戒めあえる関係ができれば良いのですが…。

離婚

 前項で裁きをテーマにした。キリスト者が他者を裁く時に用いる理由に最も多いのが「「聖書にこうこう書いてある。」だからいけない。」と言うもの。以前書いた同性愛についても「聖書に書いてある」から認められないと言う。同様に「離婚もいけない」と言う人が結構多い。それも聖書に書いてあるから。(マタイ19:5-12参照)

 大分前にサーキット・ライダーに離婚について書いたことがある。それと重複するかもしれないが、再度書いておきたい。私はよくアメリカ人の教会員(特にご婦人方。どうも国籍、人種を問わず、一般的に女性の方がアメリカ人も日本人もこの手の話題が好きなようである)に「いつ結婚するの?」と尋ねられる。その時「まあ、そのうち。時が来たら。」と答え「私は一度結婚したことがあるから、そう焦っていない。」と付け加えたりもする。

 私は神学生の時結婚し離婚した。離婚してからもう12年経つ。最近では本当に結婚していたのだろうか?と自分でも訝しがることがある。が、離婚するにあたっては実に色々な事があった。妻との諍いや、諸々の出来事、辛いこと悲しいことがあった。それを今更思い出してどうのこうの言う積もりはない。しかし決していい加減な気持ちで結婚し離婚したのではない。誰だって最初から離婚する積もりで結婚はしない。しかし生き方において、考え方において、また信仰や諸々において違いが生じてしまうこともある。どうしても駄目だと思うことも。離婚した人達は多かれ少なかれ傷つき、悲しみを経験している。まあ一部の芸能人のように5回も6回も結婚、離婚をしている人は良く分からないが。

 離婚に至るには至るなりの事情がある。その痛みを知らないのに、或いは知ろうともしないで人を裁くキリスト者が多い。キリスト者に離婚の痛みも分からず裁かれるのは、信仰の無い人達の口から出る言葉よりも傷口が広げられる。何故ならキリスト者は「愛」「赦し」「いたわり」等を説いているから。牧師の中にも状況も理由も知らないのに裁く人がいるが、そのような人から愛の説教など聞けないと思ってしまう。また一般信徒の中には牧師は離婚してはいけないと思いこんでいる人がたくさんいる。どうしてもそうならざるを得ない理由があるなどとは考えもしない。そういう人達には、結婚を守り通そうとすると自分の信仰や信念、生き方を曲げたり捨てたりしなくてはならない状況もあり、その中で止むを得ず信仰を選び、離婚するという選択地があるということを訴える。しかしそれでも分かっていただけない場合の方が多い。

 果たして教会の内外に見られる仮面夫婦、家庭内別居、離婚の方が、まだ本当に離婚をするより良いと言い切れるのだろうか?人と自分を欺くような生活の方がまだ離婚よりも良いと言えるのだろうか?間違って読んで欲しくないのだが、私は決して離婚を全面的に良いと言っているのではないし、勧めてもいない。40年も50年も夫婦生活を続けられたらどれほど幸せなことだろうと思っている。ただ人にはそれなりの理由があり、それを知らずして、離婚は罪だと裁いてはいけないと言いたい。

 私は離婚をして始めて夫婦の愛の貴さが分かり、愛憎、人間関係に葛藤する者の痛みが少し分かった気がする。また結婚の意味も分かったような気がする。

裁くのがお好き

「裁く」「裁かない」という主題を扱う時、どうしてもそこに「自分もこの題材を扱うことによって、人を裁いている」という思いに駆られる。人を裁く人を裁く自分が存在するという矛盾があり、そのことによって自分も裁きの場に引き出される。マタイ7:1-2でイエスは「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」と言っている。と言うことで、このコラムを書いている私自身も多くの方に裁かれることを覚悟して臨まねばならない。

それにしてもキリスト者は他者を裁くのが好きなようだ。「キリストの体である教会がどうして?」と目を見張りたくなるほど年中誰かを批判しているような気がする。敢えて言うなら牧師をだろうか、、、。アメリカに来てから20数年、これまでに教会分裂を少なくとも3度は体験した。しかも2度は自分もその渦中にいた。一度目は牧師への批判を親しい人達がしているのを見ていた。心が傷んだ。2度目は自分が神学生として関わっていた教会で、牧師及び教会の役員会に対して糾弾する側に立った。牧師に傷つけられた一部信徒と共に牧師を批判して真っ向から立ち上がった。今振り返ると、どちらが悪いとか言う問題ではなく、騒ぐだけ騒いで教会を出たことを申し訳なく思っている。3度目は今の教会に来る前、今度は自分が牧師として批判の矢面に立った。

批判イコール裁きとは限らない。建設的な批判もある。しかしそこに感情が入ると建設的批判=相手の為、自分の為、から一方的な裁きになり易い。裁きになると、ひたすら相手が悪い、自分は正しいという論点だけになり、向上する為に話し合ったり、お互いに良かれと思ったり、そこから何かを導き出すという肯定的な姿勢はなくなり、否定的に流れる。もうこうなると泥沼。自分も他者も傷つき、和解もできない状態になることもしばしば。色々経験した今は、「批判をしたり騒いだりするなら責任を最後まで取れ!」「騒ぐだけ騒いで教会を出るようなことをするな!」「出て行くのなら最初から黙って出て行け!」と自分にも他者にも言い聞かせるようにしている。

それにしても人は何故他者を裁くのか?そこには当然だが「自分が正しい」「自分の考え、思いのみが唯一無二である」という確信、と言うより盲信がある。何故、そのような盲信になるのか、どのような人が盲信を持つのかと問うと、勿論、理由は千差万別でステレオ・タイプ的な発言はしてはいけないが、ここでも敢えて言うなら正しい生き方をしていると思っている人達、或いは自称「善人」に多く、キリスト者も例外ではない。と言うより教会で生きてきた自分にとってキリスト者により多くの裁き人を見出す。

キリスト教やイスラム教、新興宗教など宣教を教理としている宗教は伝道普及に力を入れなければならない。当然、自分達の信じている神が他宗教の神々よりも強く正しくなくてはならない。教えも然り。そうでなければ「何でキリスト教を信じる必要性がある?」ということになる。ユダヤ教は同じヤーウエの神を信じているが民族主義的色彩、選民思想が根強く、ユダヤ人である=選ばれし(救われし)民であるから宣教をする必要が無かった。今は多少違うようで、彼らも伝道活動をしなければどんどん世俗化していき、宗教性を失うという不安もあるようだが。一方、キリスト教もイスラム教も世界宗教となれる要素を持っている。「誰でも信じる者は皆救われる、天国に行ける。」といったように。言わば一民族だけで良いという立場から、他民族もOKということになったが、その分、何か「売り」をより鮮明に出さなければ競争に負けるという立場になってしまった。

歴史の中で教会はユダヤ教の選民に代わる「売り」を「キリストによる救い」→「救いはキリストのみ」としてキリスト教の優位を保とうとした。個人レベルでもその「キリストの救いに預かる特権」を自分達だけの特権として他者を裁くことに用いる過ちを犯す人が未だに出続けている。本来、キリストの救いは罪を悔い改めた者、謙虚な者、信ずる者には誰にでも与えられるのであるが、それを何やら特権階級と錯覚してしまうらしい。

イエスを信じた者は「他者を裁いて良い」とはイエスは言っていない。「福音を宣べ伝えよ。聖霊の名によって洗礼を授けよ。弟子にせよ。」(マタイ28:19、マルコ1:15、他)とは言っているが。私はここ数年、いかにして他者や他宗教を裁かずにキリストを宣べ伝えるか熟考している。そこで今までのところ出た結論。神がどれほど自分を愛し恵んでくださったかを証することのみに心がける。では何故キリスト教なのかと問われたら、迷わずヨハネ13章の弟子の足を洗ったイエスの姿と十字架の上から赦しの言葉を挙げる。



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