限られた時間を大切にする。
2012年12月11日以前からよく思うことに、多くの人は時間が無尽蔵にあるとでも勘違いし、今を無駄に生きているように思えてならない。しかし私たちに与えら得ている時間は限られているし、「明日が来る」という保障はどこにもない。そう言う自分も「潔い生き方」ができたら良いなと思っているが、なかなか踏ん切りがつかず、うじうじ悩むことがある。 まあ若い頃よりは減ったと思うが。
信仰も同じ。20年、30年教会に通って(来たり来なかったり)をしている方が時々いるが、思い切って洗礼を受ける気概を持って欲しい。イエスの伝道の一番初めの言葉は「神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい。」だし、十字架にかかる前にも「神の裁きはいつくるか分からないから備えて待ちなさい。」と弟子たちを戒めている。
キリスト教の愛、赦しは、厳しい戒めと同居しており、イエスは日々、刻々を大事に生きることを私たちに望んでいると、私は思える。