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圧倒的な赦し

2009年4月14日

 復活祭が終わりました。先週の受難週の盛り上がりに比べ、多くの人の礼拝出席を期待したのですが復活祭当日はいつもとあまり変わらない顔ぶれで、多少ガッカリしました。「牧師の心誰ぞ知らんや。」と思っていたら80半ばのご婦人が私の心を察したかのように「It is shame. When my husband was alive, he used to add extra chairs on Easter and Christmas.「私の主人が生きていた頃、彼は、復活祭とクリスマスには椅子を付け足したものよ。(それくらい礼拝出席者が多かったのに!)」と言ったのにはビックリしました。そして少し反省。来てくれた人たちがいるだけでも感謝せねば。

 復活祭の前、聖木曜日にはユダヤ教ラバイ(ラビ)から習った過ぎ越しの食事を用意し、主イエスの最後の晩餐を偲んで、最後の晩餐礼拝をしました。グッドシェパード教会では初めてだったので、皆好奇心に満ち、また戸惑いながら過ぎ越しのパン(マッツオ、種入れぬパン、と言うより日本式に言うなら四角いぼそぼそしたクラッカー)を食べたり、ラムやセロリなどを食べていました。主イエスは弟子達に裏切られることを承知の上で、最後の食事の席に着いたわけで、その胸中やいかにと思いながら私もマッツオやラムをいただきました。私はマッツオは余り好きではないのですが、1年に一度だけのことですので感謝していただきました。

 翌日、聖金曜日はテネブレイ(礼拝中に7箇所の聖書朗読をし、その都度ロウソクを消灯する)式をし、Were You There?(和訳タイトル:あなたもそこにいたのか)という黒人霊歌を独唱させていただき、更に短いメッセージWere You There?を話しました。上述のごとく、弟子達は皆、主イエスを裏切って逃げ去りました。また過ぎ越しの祭りの週の初め、主イエスがエルサレムの東門から入城した折に、「ホサナ、主の名によって来るものに祝福あれ!」と最大限の賛辞を送って出迎えた群集も、その数日後には主イエスを裏切り、シリア総督のポンテオ・ピラトの裁きの庭で「十字架につけろ!」と叫んだのです。ユダヤ人指導者もローマ兵もこぞって主イエスを馬鹿にし、拷問をし、最後に十字架につけてしまいました。自分に敵対する者達が自分を罵り、迫害するのみならず、自分の愛した者達も皆、自分を捨てて逃げてしまった。その時の主イエスの心中は察するに余りあります。

 しかしこれは彼らだけでなく、自分も同罪である。神を信じていると言いながら、実に多くの失敗、過ちを繰り返してきた。これは私だけでなく、皆、同じです。人間は罪深い。ついさっきまで「友」と呼んでいた人が次の瞬間、その「友」を裏切ったり、自分の利益の為に平気で人を踏み台にしていく。私達は皆、Were You There?と問いかけられた時、Yes, I was. Yes, We were.と答えるしかないのです。このことはイスラエルに行った時、嘆きの壁で祈った時、またヴィアドロローサ(悲しみの道、十字架の道)を辿った時、強く感じました。私達は日ごろから神の存在を疎み、他者を傷つけ、そのことに全く気づかずに生きている。この無神経、無視、無関心こそ、主イエスを裏切りあざ笑った多くの群集の態度、姿勢だったのです。

 そんな私を、人々、また自分を十字架にかけたローマ兵に向かって「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ23:34)と言われたのです。何と言う深い愛でしょう。何と言う赦しでしょう。この主イエスの圧倒的な赦しの前に私はひれ伏します。その深い愛、広い心から余りにも遠く離れた自分、何かあると人を裁き、赦せない自分を恥じて・・・。聖金曜日の礼拝に来た方たちも、私と思いを共にしたようで、涙を流している方もいました。皆、自分の罪深さ(仏教で言うなら業の深さ)に恐れ慄いた瞬間でした。

 今年の受難週、復活祭はどうやらこの聖金曜日がハイライトのようでした。今は何となく、心地よい疲れに浸っていますが、復活祭の本当の意味を知り語れるのはまだまだ先という気がします。

ユダヤ人、イスラエル人に学ぶ聖日への姿勢

2009年4月8日

 昨年7月から牧会しているThe Church of Good Shepherdのある町Bergenfield(バーゲンフィールド)は実にユダヤ人の多い町です。教会から1ブロック西に結構大きなユダヤ教のシナゴーク(寺院)があります。ユダヤ教徒の中でも厳格な方に属するオーソドックス派の寺院で「安息日を守ってこれを聖とせよ。」という十戒の第四戒を確り守り聖日は仕事は一切せず礼拝のみをします。彼らの1日は夕暮れに始まり、翌日の夕暮で終わります。安息日は金曜日の夜から土曜日の夜までとなります。金の夜から土曜日にかけて彼らは料理をしません。食事は前もって作っておいた物を食べます。車にさえ乗りません。ですからバーゲンフィールドではよくユダヤ人がぞろぞろ週末歩いているのを見かけますが、それは彼らが礼拝に行く途中か、帰宅する途中ということです。

 さてニュースレターやこの欄でも書きましたが、2月に聖地旅行に参加しイスラエルに行って色々なことを学びましたが、その一つにイスラエルでは「安息日を守る」ということを更に国レベルで徹底していることがあります。アメリカではいくらユダヤ人が多いとはいえ、土曜日はやはり多くの人が車を運転し、仕事やレジャーに行きます。クリスチャンか無神論者かは別にして大多数はユダヤ教徒ではありませんので、当然と言えば当然ですが。ところがイスラエルでは土曜日(正しくは金曜日の夕暮れ)になると皆車を運転しません。街中の道路も高速道路も、車はまばらで、運転しているのはイスラム教徒かアラブ系クリスチャンです。これには驚きました。勿論、90%以上いるユダヤ人のうちどれほどの人が礼拝に出ているかは定かではありませんが・・・。

 しかし多くの人が「安息日を守りこれを聖とせよ」を実践し、礼拝に行っているのは確かです。私達クリスチャンは果たしてそれほど聖日(日曜日)を確り守っているかどうか。いつの間にか単なる休養日、或いはほかに幾らでも言い訳をして教会に行かない、礼拝を守らないことを正当化しているのではないかな、と思います。礼拝を休む時、最初は後ろめたく、牧師に電話したりしますが、段々とそれをしなくなり、いつの間にか、来なくなる。そんなパターンが結構多く見られます。また何か他のこと、例えば仕事や会議、学校行事などは礼拝より優先できる、そんな考え、風潮があるように思います。そこで礼拝に行かないことを正当化する。私達は牧師に対してとかではなく、神に対して自分は正しいと言えるか、を問わねばなりません。

 ユダヤ人は引っ越す時、次の町にまずシナゴークがあるかどうか調べます。さらにオーソドックス派の人でしたら、シナゴークまで歩いて行く距離の最大限を半径(旧約の物語、ヨシュア記?にしたがって)900メートル強とし、その範囲で家を探します。そして買うなり、借りるなりして住み、そこから歩いて礼拝に出席する。クリスチャンが新しい生活をする時「まず教会それから家」という人がどれほどいるでしょうか?アメリカ人クリスチャンもかつては教会がコミュニティーの中心で教会を中心に町作りが進められて時代や地方もあったようですが、現在はそのような発展は全く見られません。まだ南部の州に行くと、教会がコミュニティーの中心で人々が社交も兼ねて集まる雰囲気が残っているそうですが、この東部にはそのような名残は全く見られません。ましてや日本人クリスチャンは、そのような考え方すらないのではないでしょうか。

 クリスマスと復活祭はキリスト教の二大式典ですが、それを迎えるにあたり、改めて自分自身の信仰の姿勢を問いただしてみてはどうでしょうか。

美術教育インフォーメーション

2009年3月11日

牧師の雑記帳ですが、キリスト教、教会関係以外のことも書いています。今回は私がいまだに在籍していますコロンビア大学ティーチャ

ーズ・カレッジの東京校のお知らせです。アートに興味がある方、文化的素養、教養を身に付けたい方、単に変わった事がしたい方、どなたも歓迎です。

コロンビア大学ティーチャーズカレッジ日本校は、

2006920

日付で文部科学省より「外国大学院の

日本校」として正式に指定を受けました

コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ日本校公開セミナー

 

芸術今昔暦シリーズIII 

今日の東京は、古今の様々な芸術に触れることができる、世界に稀に見る文化都市です。

コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ

TC)日本校は

、文化・芸術に日頃十分に親しんでいな

いとお感じの一般の方々のために、東京で「いま」出会うことができる様々な芸術を体験する機会をご提供する、公開セミナーを開催しています。本セミナーは、

こうした体験を通して、ご参加の皆様ひとりひとりの「芸術体験ごよみ」に彩りを添えることを狙いとします。シリーズ第三弾の夏セミナー(2009年5・6月

:全4回)は、日本文化の繊細な側面を探究する千載一隅のチャンスです。午後あるいは夜間の2クラスの中からご都合の良い時間帯をお選びください(美術館に

赴く日は時間が異なります)。楽しみながら芸術を体験したい方、ふるってご参加ください!

日程(予定) 

 

A クラス 

B クラス 

場所 

テーマ 

 

5月7日(木) 

PM2:30-

4:30

5月7日(木) 

PM7:00-9:00

 

 

TC日本校 

日本舞踊のいろは 

鑑賞とワークショップ 

講師:花柳瀧知氏 

 

5月23日(土) 

AM10:30-12:30

 

 

5月23日(土) 

PM1:30-3:30

 

山種美術館

及び千秋文庫

日本画の世界

江戸の模写絵と上村松園の美人画

本セミナーは日本語で実施され

ます。

A クラス、B クラスは、同じ内容です。ご都合の良いクラスをお選びください。

講師:大高幸氏(教育学博士。

コロンビア大学院ティーチャーズカ

レッジ非常勤助教授)

花柳瀧知氏(日本舞踊家・教師)、

踊正太郎氏(津軽三味線演奏家)

費用:全回参加費:14,000円 (税込・美術館入館料、教材費を含む)

全回参加申し込み締切――4月末日

徒然草から

2009年2月6日

友とするにわろきもの七つあり。一つには高くやんごとなき人、二つには若き人、三つには病なく身強き人、四つには酒を好む人、五つにはたけく勇める兵(つわもの)、六つには虚言(そらごと)する人、七つには欲深き人。よき友三つあり。一つには物くるる人、二つには医師(くすし)、三つには智恵ある友。(第百十七段)

出家したとは言え、やはりお坊さんとして修行したわけではなく、貴族からの引退、脱俗なので吉田兼好にはどうも世俗の考えが抜け切れないところがあり面白い。 例えば友人にしたくないワースト7を見ると、1、身分が高く貴い人。2、若い人。3、病気の経験がない、頑強で丈夫な人。4、酒飲み。5、武勇にはやって功名をあげたがる武士。6、嘘つき。7、欲の深い人。友人に持ちたいベスト3は1、物を(気前良く)くれる人。2、医者。3、智恵のある人。

さてまずワースト7を考えて見ましょう。1、身分が高い人、今日で言うなら社会的地位、名誉がある人、ビジネスで成功した人か・・・。こういう人は弱い立場の人、失業した人の痛みが解らない人が多い。2、若い人全てが良くないと言っているのではない。時々いるけど、経験もないのに勉強や仕事でたたかれてきたことがない人で自信過剰で傲慢な人がいる。が、何かをやらせてみると何もできない。謙虚に学ぶことを知って欲しい。3、健康な人はやはり病気の人、ハンディーキャップを持っている人の痛み、苦しみが解らないことが多い。4、酒飲み。深酒に気をつけるという戒め。それとたまに酒のせいにして、酔っては傍若無人な振る舞い、言動をする人がいる。酒を飲まないと言えないのなら、言うな。と言いたいが、この手の人たちは自分の暴言、暴挙を酒のせいにしている。私も気をつけないと・・・。5、今日風にいうなら会社の出世、世の中の名声を目指す人たち・・・か。ギラギラしている人はやはり傲慢、横柄な態度になりやすい。6、嘘つき。と言っても、誰かれかまわず嘘をつくとしたら流石にその人は精神的に病気でしょう。寧ろ、この場合の嘘は、言ったこと、約束を守らなかったり、自分の言葉に無責任な人。7、欲深い人はそのままだが、意地汚い人も入るかも。見ていて「あさましい」なんて人に思われないように気をつけないと。

吉田兼好のワースト7はまあ良いとして、ベスト3の方がいかにも世俗的。1、物をくれる人。まあこれは矢沢永一氏((知識ゼロからの徒然草、2006年、東京、幻冬舎、)は時節にふさわしい贈り物をくれる人と、品の良い解釈をしています。まあしかし、困った時に物をくれる人、大盤振る舞いをする人など、ありがたい反面、だから友達付き合いをするのか?と疑問に思います。2の医者も同様。アメリカでは家族、親戚にいれば嬉しい職業人に医者、弁護士があります。何だかこれもいかにも・・・と言った感じです。3、智恵ある人。これは良いですね。困った時に本当に適切なアドヴァイスをくれる人、しかも偉そうにではなく、サラリと。何て言ったらなかなかいないかもしれませんね。

よくよく考えてみると、解脱してしまった人や、修道院に世捨て人として入ってしまえば、上述のような友人選びは必要ないわけで、吉田兼好の人生観、人間観は世俗的な色合いが残っているから面白いし、一般人、俗世に生きる人にとって役立つのでしょう。

新年の幕開け

2009年1月5日

昨年7月、住み慣れたパークリッヂから同じ州、同じ郡にあるバーゲンフィールドに移動し、10月から日本語礼拝、11月から新サーキット・ライダーをスタートしましたが、牧師の雑記帳には書き込んでいませんでした。新たな年の幕開けと言うことで、ご挨拶も兼ねて書きたいと思います。ブログやホームページは頻繁に書き込んだり、変えたりしないと開けられることもなくなり読まれなくなりますので、まあどなたも読んでいないであろうことを前提に、今年も気まま勝手に書きたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

昨日1月4日、午前中の英語の礼拝を終え、午後の日本語礼拝までの間、昼食をいただいたり休憩しようと牧師館に戻りましたが、しばらくして教会員が二人血相を変えて「パスター(牧師)、教会の前がガス臭い。至急警察や消防に連絡して下さい。」と言いに来ました。実はその日の朝、私もガスの臭いに気づき気にはなっていたのですが、風向きで臭ったり、臭わなかったりで、教会の中も別にガス臭くなく、そのままにしてしまいました。しかし、改めて確認したところガス臭は、午後にはかなり強くなっていたので、早々警察に連絡しました。

5分後に警察が来てガスの臭いや出所を確認しました。道路のマンホールやガス管の蓋から臭いが出ていることを確認し、その場で消防と公共事業所を呼び、「後は彼らに任せれば大丈夫ですから、貴方はもうお引取り頂いて構いません。」と言ってくれたので、そのまま牧師館に戻りました。ところが事態はそんなに簡単ではなく、ガス漏れがかなり危ない状況になっていたのでしょう。消防が教会の周りの20軒以上の家に避難命令を出し、午後の礼拝を始めたばかりの韓国人教会の牧師や信徒も礼拝の途中で教会から非難させられました。勿論、私も午後に予定していた日本語礼拝をキャンセルしなければならなくなりました。

私と妻の泉はそれぞれ別行動で、泉はその日ちょうど風邪をひいてダウンしていた日本語礼拝のメンバーの方のお宅にお邪魔し、そこの子供達が退屈しているだろうからと、彼らともう一人近所の中三の女の子と一緒にショッピングに出かけました。私は気になっていた本を探しにショッピング・モールに行き、正月明けで人で満ちていたモールの中を、人を掻き分け日本語の本屋にまっしぐらに行き、あれこれ気に入った本があるかどうか物色しました。

およそ3時間経った5時少し前、状況を確認する為にバーゲンフィールドに戻りましたが、家を出た時よりも更に広範囲に渡って警察が道路を封鎖し、教会に近寄ることさえできないことを知り、かなりのガス漏れで危険な状況だったことが分かりました。家に戻れないことを知って、「さてどうしよう」と思い、気持ちを変える為にコーヒーを買いに寄ったショッピングセンターから美しい夕日が見えました。私はしばしその色の変化に見とれていました。そこで考えたこと。「自分はたまたま非難勧告を受けて家に戻れないだけだけど、この冬の寒空の下、帰る家が無い人々が沢山いる。自分はお金も、クレジット・カードも持って出れたけど、彼らにはそれらも無いだろうから、さぞかし辛い思いをしているだろうな・・・。」

その日は結局、その後、泉がお邪魔していた子供達のお宅に 私もお邪魔し、ずうずうしくも10時まで居させてもらい帰宅しました。インターネットで午後8時過ぎ避難勧告が解けて、「住民は家に戻って良い」と警察と消防が許可を出したことを知ったからです。さもなければホテルに・・・と考えていました。牧師館に戻ったのが11時少し前。警察と公共事業所の施工工事者、消防署員がまだ教会の前にいました。私は警官の一人に「もう全部問題は解決したのですか。」と尋ねると「大体終わりましたが、まだ若干修理工事をするようです。」と答えてくれました。「彼らもこの寒空の中、午後1時過ぎから10時間以上、交代はしただろうけど居たのだな。」と思うと、こういったシステムが整っている町や国にいることをありがたく思いました。

新年早々日本語礼拝は中止になってしまいましたが、改めて「人は一人では生きていけない。」「生きていない。」という当たり前の事実を確認し、自分が何でもできると思い上がってはいけない、と省みる事ができた一日でした。

因みに消防は過半数がヴォランティアーで成り立っています。新年早々、しかも日曜日に駆けつけてくれたことに心から感謝すると共に、頭が下がります。一見繋がっていないような人々とも、色々な形で繋がっている。それを日本人は「縁」 と呼びますが、これは実は自分が作ったのもではなく、(神から)与えられたものであることが、昨日のような経験から分かります。それを大切にするのも壊すのも人次第。人と人との絆は大切にしたいものです。

パークリッヂでの日本語伝道閉会

2008年6月9日

 本文で書きましたが、パークリッヂで13年、前教会リトル・フォールズ時代を含めると17年の日本語ミニストリーに一度幕を引くことにしました。長い間、祈りご支援下さいました方々に心から感謝いたします。色々なことがあり、それは私にとっては骨となり肉となり霊の礎となり、今の私を作っています。またある時期同じヴィジョン、幻を見て、一緒に活動して下さった方にも、きっと同じように何かしら残っていると信じます。7月からBergenfieldに赴任し、そこでアメリカ人の教会を預かり、また日本語伝道を再開しようと思っていますが、正直今は白紙です。10月に・・・と思ってはいますが、教会の礼拝、伝道は一人ではできません。牧師夫婦がいれば良いというわけでもありまえせん。そこには志を共にする同士、盟友が必要で、今は何とも言えないというのが本音です。この夏は神の御心を仰ぎ見る時、また変化の時と思っています。再開時には必ず、これまでご支援下さった方にはお知らせします。その折にはまた宜しくお願いいたします。

 私が思い描いている教会、キリスト者とは「考える教会」「考える信徒」です。ただ聖書に書かれているからと、それを鵜呑みにして、またそれを大上段に振り構えて、「キリスト者はこうあるべき」「OOOは罪だ!」と決め付けてしまう教会、信徒にはなってほしくありません。自分で確り聖書の書かれた背景、時の為政者の思惑、聖書の時代の文化、慣習と誤りなども確り学び知り、自分で考える。そこに隠れている神の御心を読み解くことができる、そんな教会、そんな信徒になって欲しいと思っています。私もその為に勉強をしています。これは他者を裁き断罪する姿勢からは程遠い、真の赦しの教会であり、真の愛を実践する信徒であると私は信じています。

 パークリッヂでそのような教会、信徒の群れを目指してきました。まだ志半ばです。願わくはBergenfieldで、それを続けたいと思っています。 

 

どうやったら開かれた教会になれるか?

2008年4月25日

 4月号のサーキット・ライダーと5月号のThe Link(英語の教会ニュースレター)に3月30日にNY Timesに載ったThe Evangelical Church Statement:The Evangelical Church and The Jewish Peopleと同新聞4月1日に載ったUnited Church of ChristのStatementを掲載、翻訳し私のコメントを少しだけ書きました。スペースの関係で誤解を招く表現になってしまったようで、お怒りの投稿がありました。そこでほんの少しだけ追記したいと思います。

 まずは「同じ信仰告白をし同じ聖餐式をしなければならない」と言って同胞を弾劾するのではなく、という表現で念頭に置いているのは、私の日本での教会籍がある日本基督教団内で起こった悲しい事実を挙げています。私の父の教会ではなく、他の教会でオープン・コミュニオンをしていた教会の幾つかが、日本基督教団の聖餐式、信者にのみ聖餐を与える、というやり方にそぐわないということで、教団から教団籍を剥奪するという勧告を受けました。本来日本基督教団は改革派もメソジストも長老派もまたそれ以外の諸教派が第二次大戦中に統一されてできた寄り合い所帯ですが、だからこそ違いを乗り越え、多様性を認めるという美徳がありました。が、それがある特定の教理だけが尊重されて、それ以外は異端、なんてことになっているのが昨今の現状です。今は米国メソジスト教団に属していますが、祖国日本の教団のそのような排他的な姿勢を非情に遺憾に思っています。ですから、サーキットに書きました。

 また現在同性愛者を受け入れず、同性愛者に按手礼を授けて牧師にしない教団は私が属している合同メソジスト教会です。これも残念でなりません。私たちは「ゲイ」だとか「レズビアン」だとかというレッテルを誰かに貼り付けた時、その人を例えばマークだとかジョンだとか、キャサリンだとかという名前を持ち、感情の通った一人の一個人として見ずに、自分の信条にしたがって、その人を同性愛は罪である、従ってゲイは罪だ。と言った具合に裁いてしまいます。その人がどのような思いで神の御言葉を受け入れているかも知らずに。何故自分はこのような苦しい思いまでして、人々の前にでて、牧師として仕えたいのか、自分はゲイであることは、自分の意志ではなく気が付いたらそういう自分がいただけなのに・・・といつも肩身の狭い思いをして人から差別されてきた人の思いを、一体誰が分かるというのでしょうか?私はゲイやレズビアンの友人ガ沢山いますが、彼らをそのようなレッテルで見る前に、彼らを一人の友人として見ています。彼らがレッテル付けされて見られたくない、差別されたくないという思いは、私が吉松純という一人の人間であり、人間吉松純を知って欲しい、一人の日本人、牧師、或いは高学歴の人などという風に見られたくないと思う以上の切なる願いです。

 さてもし私が誰かを友と呼びながら、その人の信仰、生き様を認めないとしたら、果たして私は本当にその人の友と言えるでしょうか?答えは否です。私が何故憤ってEvangelical Church and the Jewish Peopleを引用したかは、そこにあります。「ユダヤ人は友である。友だからこそ自分たちの信じているイエスだけが唯一の救い主であるので、私たちはユダヤ人にもイエス・キリストを述べ伝えることを模索している。」と書かれています。そこに欺瞞、また驕りがあると私は思いました。私たちクリスチャンが「主イエスだけが唯一の救いです。」と言うのは何も問題ありません。またそれを他者に伝えていくことが伝道であり、伝道はしなければならない。しかし伝道する相手も人間です。彼らには彼らの宗教、信仰がある。そういった相手に、あからさまに『主イエスだけが唯一の救いです。」と言ったら相手はどう思うでしょう? 例えば、あなたはクリスチャンだと想定して、そのあなたの前に仏教徒がやって来て「私たち仏教徒はクリスチャンを友だちだと思っています。でもお釈迦様だけが唯一の救いです。あなたは友達だからそのことを知って欲しい。」と言ってきたらどう思うでしょう?「何て不躾な人だろう」と思わないでしょうか?自分を友達と呼びながら自分の信仰は認めてくれないでいて、何が友達だろう、そう思わないでしょうか?それを私は感じ取りました。原文は勿論英語ですので私の解釈はもしかしたら間違いかもしれないと思って念のため、アメリカ人の教会員数人に確かめましたが、彼らは皆私の解釈に同意してくれました。

 ではどうやって伝道するか?私たちは人を裁くのではなく、自分がどれほど神様に恵を与えられたか、どれほど愛されているか、またどのように自分の人生が変えられたか、それを証しすれば良い。なるほど、あなたの信仰は素晴らしい。でもちょっと私の話を聞いてください。と自分が今喜びの内に生かされていることを相手に伝える。それだけです。あとは聖霊の働き、神の恩寵にお任せする。

  裁くのは神です。私たち人間ではない。そのことを間違えると、威圧的な恐怖感を与える伝道になりかねない。人には誰が神の国=天の国に行くとか、地獄に行くとか、罪人であるとか、間違っていると裁くことはできません。ただ同胞が何か危ない方向に進もうとしていたら、それを批判したり、意見を交換することは、何ら差し支えないと私は思っています。それが4月号のサーキットの主旨です。

美しい国日本と憲法第九条

2007年5月4日

 このところTV-Japan(NHK)を見ていると連日のように憲法第九条:戦争の放棄、軍備武力を持たない、をめぐる番組が放送されています。この九条は第二次大戦に敗れた日本が「二度と戦争を起こさないように」というアメリカの政治的圧力の下、に掲げられた条項と言われています。日本は連合軍が「天皇制を残す」ということや、本当なら日本が支配した中国や韓国などアジア諸国に支払う莫大な補償金免除という条件を引き出すことによって、この平和憲法を受け入れました。

 その成立の過程はともかく、一切の武力を放棄するという憲法は人間の歴史が始まって以来、類稀なる法律です。オリジナルではどこか他の国が攻めて来ても自衛すらしないという徹底した平和法でした。しかしこれに不安を感じた戦後の右派タカ派の政治家、総理大臣は何とかこれを改憲しようと躍起になってきました。一方、敗戦に懲りた人々、左派の政治家達はこれを守ろうと必死に右派に対抗してきました。その後国際政治の動乱の中で、残念なことに私が生まれた昭和30年代には保安部隊、そして自衛隊が作られました。が、なんとか戦争放棄、核廃棄だけは守られてきました。

 今再び安倍内閣でこの九条を変えて、武力を拡張し参戦できるようにしようという動きが活発化しています。なんと愚かなことでしょう。一方、安倍氏が首相になった折に「美しい国、日本」というスローガンを掲げました。教育を見直し、国を愛する心を養う・・・云々。その考えは右傾化しなければ決して間違った概念ではないと私は思っています。

  私はアメリカに住んでもう27年になりますが、長く住めば住むほど自分の日本人であることを見出し、日本人として祖国の文化、伝統をもっと誇りに思い大切にすべきと考えるようになりました。そして大切にすべきものに憲法第九条があります。たとえ始まりはお仕着せの憲法だったとは言え、今や世界に唯一の平和憲法であり、戦争放棄、軍備を持たない国などは日本以外どこにもありません。まあ自衛隊がありますので軍備を持ってしまい、その点では野蛮人の域を脱していませんが。

 本当の意味で美しい日本とはこの平和憲法を持っていることなのではないでしょうか。平和があるからこそ、伝統文化、工芸、芸術を謳歌できる。戦争放棄の法律があるからこそ、世界に平和を訴え、醜い争いを繰り広げている大国、小国に「待った!」をかけられる。

 日本がこの法律を失うことは歴史の逆行です。人類は武力闘争の無い未来に進んでこそ進歩、発展と言えます。何故なら戦、人殺しは人類の歴史が始まって以来、これまで無くなったことがないのですから。本当の意味で「美しい国、日本」を考えてみませんか。

 

高慢と嫉妬

2006年9月22日

 9月初めに開かれた東部合同ファミリー・キャンプで、メイン・スピーカーだった福島第一聖書バプテスト教会牧師、佐藤彰先生と牧師会や会期中の自由な交わりの時間に質問する機会が幾度か与えられ、佐藤先生に以下の質問をしました。「人がクリスチャンになる、信仰を持つにあたり、何が一番大きな障害ですか?」また「クリスチャンの霊的成長を邪魔するものは何ですか?」。これは実はどちらも同じ内容の質問です。

 「信仰を持つこと」「信仰者として成長すること」を邪魔するものとして、佐藤先生は男性は高慢、女性は嫉妬を挙げました。これは勿論、一般に男女平等ではない社会、男中心の社会でという前提でですが、男性は仕事をし、だんだん重い地位着くようになる、社会的にも責任ある立場になる。それ自体は悪いことではないが、だんだん「自惚れ」がその人の中に忍び込み、いつのまにか「自分は地位も名誉もある。」=「自分は偉い」と言う思いになる。そう言う人は「宗教なんて、弱い人間、ダメな人間が信じる物だ」と思い込む。確かに社会で活躍している人には、傲慢な感じを与える人、尊大に振舞う人が少なくありません。これは実は男性だけでなく、女性でも同じことが言えます。キャリア・ウーマン(やがて死語になると思いますが、何とも変な形容詞ですね。)としてもてはやされている女性はどことなく、横柄な態度、言葉遣いをする人が多いような気がします。自分は何でもできる。男とも対等にやれる、どころか、負けない。という思いを前面に出している。(絶えず男と比べられること自体、女性に不平等な社会ですが、そんなところで自分を出さなければいけないことが哀しい。)

 女性は嫉妬する。自分と比べて、他人の方が幸せそうに見えると悔しがったり、羨んだり。しかし、これは男性も同じ。自分と同期が会社で役職についた時、素直に「おめでとう」と言えるでしょうか? 自分と比べて、何でも判断する。これは人間の愚かな性です。見栄を張ることも同じ。自分がどれほど裕福か、お金が有るか、学歴、社会的身分があるかをひけらかす。ハッキリ言って、こういう人は、心貧しき人。夫が会社の役員で自分は会社の役員でもないのに、夫の部下、彼らの妻たちに、さも自分が役員(部長だったら、部長のように、専務だったら専務のように)振舞う。自分の夫がドクター(博士、医者)だと、さも自分がドクターかのように知ったかぶりをする妻。正に虎の威を借りる狐とはこういう人のことをいうのか、という見本です。そう言う人には「あなたは一体何ですか?」「あなたは何ができるのですか?」と問いただしたくなります。自分に自信のない人ほどそういう外的要素に頼る傾向があるように見えます。上述の高慢、傲慢になる人達も、実は本当に何ができるのか、自分に問いただしたら、案外何もないとたじろいでしまうような人が結構多いのではないでしょうか。

 確かにこうして考えてみると男性でも女性でも高慢、嫉妬はその人の信仰のみならず、人としての成長を妨げる要因ナンバー1,2かもしれません。 本当に自分に自信がある人はひけらかすようなことはしませんし、自慢するような愚考、野暮もしません。神様も同様に人の外見、外的に付いた肩書きやお品書きを見るのではなく、人の内面、中を見ます。

 「容姿や背の高さに目を向けるな。わたし(神)は彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主(神)は心によって見る。」(サムエル記上 16:7.)

 あなたは自分自身をどう見ていますか? 学歴や役職、肩書きを一切剥ぎ取った時、あなたは何ができますか? あなたは何者ですか?

 

 

イ・チソンさんをご存知ですか?

2006年9月14日

 2週間半前のレイバーデーの週末2泊3日に渡り、初めてアメリカ東部の日本語教会が集まり合同修養会(ファミリー・キャンプ)が持たれました。参加教会、伝道所は合わせて14、東部では南はワシントンDC、メリーランド、デラウエア、北はボストン、コネチカット、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルバニアの各州から、西はカリフォルニアからの参加があり、日本からも参加があり、総勢360人(内子供、中高生100名)という大きな会になりました。中心となって下さいましたニュージャージー日本語教会の皆様、錦織先生、この企画を最初に持ってきてくださったブリンマー日本語教会の李先生にこの場をお借りしてお礼申し上げます。

 ファミリー・キャンプでは日本の福島から佐藤彰牧師をキーノート・スピーカー(メイン・ゲスト)にお招きしお話をうかがいとても恵まれたものになりました。先生から伺ったお話はまたおいおい紹介したいと思いますが、今回は特別ゲストとして9月3日日曜日の夜に証しをして下さいましたイ・チソン姉について書きたいと思います。

 まず質問。「もしあなたが事故で自分の顔を失ってしまったら、あなたはどうなりますか?」恐らくこのような質問は考えたこともない方が私を含めほとんどだと思います。チソンさんは今から6年前、2000年の7月にお兄さんと車で帰宅途中、酔っ払い運転の車に激突され、乗っていた車が炎上、頭から足まで全身の55%、自分の皮膚の再生能力を失う第3度の火傷をおい、顔を失ってしまいました。その時彼女は22歳(注:韓国では数え年なので本では23歳となっています。)、ごく普通の可愛らしい女子大生で卒業を控え、卒業後大学院に進み、その先は先生になり、いずれは結婚・・・と正に人生バラ色といった年頃でした。彼女の証しや本で紹介されている事故前の彼女の写真は彼女の笑顔がとても素敵でチャーミングな女の子であったことが分かります。

 最近、日本でも酔っ払い運転で尊い命を奪われてしまう痛ましい事故が続発していますが、夢見がちな女の子だったチソンさんは、酔っ払い運転によって顔や体の自由を奪われてしまいました。これが若い女性にとって(勿論、男でも同様ですが)どれほど辛かったことか。彼女の本にも心無い人達が「あんなになって生きていけるのか!?」という残酷なコメントを彼女に聞こえようと聞こえまいと構わずに言ってます。痛みを知らない人は本当に残忍になれるものだとつくづく思います。しかも言っている本人はそう言う積りも意識もないから性質(たち)が悪い。それでもチソンさんは自ら死を選びませんでした、神様に「どうか長生きさせないで下さい。」と祈ったことはあっても。

 何故なら彼女はクリスチャンだったから。そして彼女の両親も兄もクリスチャンだったから。家族も教会員も友だちも皆チソンさんが助かる為に祈り、その祈りが神に届き、チソンさんにも届いた。命が助かってからも、チソンさんの苦しみは続きます。手や体が引きつり思うように動かなかったり、両手の指先を失ったり、顔も10数回の皮膚の移植手術を受けても元の美しい顔には戻らない現実の中で彼女はそれでも生かし続ける神の御心を模索し、やがて同じ痛みをおった人達を励まし、更には一般クリスチャンに神の愛を証しする召命を確信します。

 こんな書き方をすると、チソンさんがさも聖人君子かクリスチャンの鑑、聖者のような特別な人間かのように思われますが(勿論、苦しみを耐え、顔を失った悲しみを背負い尚且つ前向きに生きるチソンさんは特別ですが)、彼女の証しやエッセイには彼女が純真な心を失うことなく、また同世代の女性がもつ夢や希望も持ち続けているごく普通の可愛らしい女性であることが分かります。私は「彼女の素晴らしさはそこかな」と合点がいきました。決して高ぶることなく、気取ることも無く、聖者ぶることもなく、いわゆる有名人にありがちな尊大、傲慢になることもない。いつも「神様が自分にこういわせて下さる。自分は何もできないけど、神様が自分を用いてくださる。」とそう信じているチソンさんの証しに私は心から感動し敬意を払わずにいられません。

 彼女の本「チソン、愛しているよ。」と続編「きょうも幸せです。」金重明訳は、東京千代田区神田3-18-3、錦三ビル3、株式会社アスペクトから出ています。また韓国語ができる方は彼女のホームページもご覧下さい。www.ezsun.net

 事故前からチソンさんにあった謙遜、素直な心、優しさが事故後更に強まり、神様に愛されている人は本当に幸せなんだなあ、美しいなと思えます。皆さんにも「本当に美しい人とは?」と問いたくなりました。勿論、いつの日か医学が進んでチソンさんの顔や体が元に戻ることを祈って止みませんが。



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