時代に逆行する宗教

 コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで取っている宗教教育のコースで1893年にアメリカのシカゴで世界宗教会議(The World Parliament of Religions)が開かれたことを学びました。Diana L. Eck著、Encountering God(1993)Boston:Beacon Press.というテキストの1章ですが、何と今から100年以上も前に、キリスト教(プロテスタント、カトリック)、ヒンドウー教、イスラム、ユダヤ教、仏教など世界宗教の代表が集まり、それぞれの違いを認識すると同時に歩み寄りの為の話合い、勉強会、議論の時間が持たれました。

 残念ながら、その試みはその後継続されず、アメリカはアジア系の移民の受け入れ制限、市民権の授与拒否、差別という歩みを何と20世紀半ばまで続けました。キリスト教の名の下に他宗教に排他的になったり、他民族に対して差別をしたりはその後も形を変えながら今に至っています。今回のイラク戦争をキリスト教対イスラム教と見るのは思慮の無い浅い見方ですが、残念なのはアメリカの一般キリスト者の多くが愛国精神の元、この侵略戦争を肯定してしまったことです。

 一方そのような差別や不義を正す力もキリスト教の中にあります。100年以上も前に積極的に他宗教と対話を持とうとしたキリスト者達、それは少数派であったかもしれません。しかしその精神は今でも確実に受け継がれ生きています。私の理想としているキリスト者の姿は多数派の権勢に驕らず、少数派であっても、他者(他宗教、他民族、多文化)と共に生きることです。

 私は寄らば大樹の陰的生き方は潔しとしません。人数を持って力で押し通すようなやり方には賛同しません。国であっても、教会であっても。

 昨今、キリスト教会が保守化して時代に逆行していることを感じ、深く憂いています。

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