クリスマス嫌い

サーキットライダー本文にも書きましたし、説教でも触れましたが、私はクリスマス当日が過ぎるまでクリスマスをお祝いする気持ちになれません。とりわけコマーシャル思考のクリスマス、どこもクリスマス商戦で賑わい、日頃はキリスト教と全く無関係に生きてる人々が、我も我もとクリスマス・プレゼントを買い回る。人々の運転も殺気立ち、このシーズンも2度ほどぶつけられそうになりました。ようやくクリスマスが終わり、心から主イエスの聖誕を喜んでいます。

この時期ディプレスする人は結構多いようです。先日もラジオのトークショーを聴いていたら、「クリスマスの音楽ばかり流れるこの時期はうんざりする。」とか「自分はユダヤ人なのでクリスマスとは無関係でいたい」とか「自分はイギリス人クリスチャンだが、アメリカのクリスマスはケバケバしくてうんざりする。もっと質素に、主の聖誕をお祝いすることはできないのか?」と幾人もの人が電話で言っていました。全く同感です。
 
日頃「私は宗教は要らない。」とか「宗教はどうも・・・」と言っている方、中高年、若者に一言。曖昧な態度や、こう言う時だけ、クリスマスを利用してパーティーをしたり、高いレストランやホテルを予約して恋人と過ごすなどという愚行は止めて欲しい。信じていないのだったら、自分の信念を全うすべし。

この冬、アメリカ・ニュージャージーのある町で、ある一家が「うちはキリストを信じていないから、クリスマスの讃美歌は一切聴かせないで欲しい」と公立の学校、町に訴えを起こし、学校と町は、その一家と「クリスマス讃美歌は一切歌わない、流さない」ということで和解しました。その一家は非常に自己中心で独断的であると思います。自分達が嫌だったら自分達だけ他の人が讃美歌を歌っているのに交わらなければよいし、そのような場に行かなければよいし、耳栓をすればよい、と私は思うのですが。彼らは自分達は他の人と同等の権利、宗教色のある音楽を聴かない権利があると主張して譲りませんでした。しかし、見方を変えると彼らの方がある意味では、自分達の信念を守り通していると言えます。上述の日本人の多くの人たちより余程、小気味よい。

上述の人々はクリスマスの次はにわか神道信徒、仏教徒になって初詣。先日、その昔一世を風靡した牧伸二(失礼、漢字が間違えていたら御免なさい。)の「あ~あ~あん、やゃんなっちゃった、あ~あ~あん、驚いた」を久しぶりにTV-Japanで観ましが、まさにその心境です。

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